From 安永周平
「1人で全ての業務をこなすのは効率が悪いので分業するべきだ」という意見がある。あるメーカーがコンサルタントに依頼して「工程管理」の制度を作った時の話だ。外注や仕入れを行う資材課の業務を分割し、計画係、推進係、記帳係という3つに分けた。その結果、前にも増して混乱が大きくなり、どうにもならなくなってしまったのだ。いったいなぜか?混乱は「計画係―推進係」の間、そして「推進係―記帳係」の間で起こった。
責任をなすりつけ合う2つの係
推進係の仕事は、計画係が発注した材料部品をかき集めることだった。計画係は仕入先の実情など分からないまま注文書を発行する。仕入先の設備・技術と合わない品物を発注したり、生産が追いつかない会社に特急品を発注したり…もうメチャクチャだった。
彼らが発注したものを集める推進係はそのしわ寄せを受けて、やりづらさが最高潮となった。「もっと実情を調べて発注してください!」と計画係に要求すると、計画係は「1つ1つの仕入先の実情を注文ごとに調べている暇などない!こっちは会社の全ての注文業務を行なっているんだぞ。後から文句を言うんじゃなくて、事前に情報を提供したらどうだ?」とやり返す始末だ。
役に立たない仕事が積み上がる
次に「推進係―記帳係」の間ではトラブルではなく、記帳が推進係の役に立たなかったのだ。推進係が材料部品の情報をかき集めるのは、もちろんメーカーとして生産が遅れないようにするためだ。だから、納期が遅れて生産に間に合わない材料の情報をいち早く知らなければならない。それらが自社で、いつ、何個検収されているかを知りたいのだ。
ところが、記帳は日付順に行われている。記帳係は昨日入荷した品物の記帳を先に行い、今日入荷した品物の記帳は後回し。そして、生産を遅らせないことが使命である推進係が知りたい情報はこの「後回し」の部分に含まれている。だから、推進係はまだ記帳されていない伝票を見てメモを取るしかない。こうして”その人しかわからない帳簿”ができていく。
こうして元々1つだった資材課の業務は、以前にも増して欠品トラブルが続出した。さらに困ったことに、欠品を防ごうとしても「どこに問題があるのか?」がわからない。それぞれの係がお互いに責任をなすりつけ合っているからだ。
失われた仕事のやりがい
問題はこれだけではなかった。人間というものは、自分の仕事に何らかの意義を見出し、その結果にやりがいを感じるものだ。それが、計画だけ、推進だけ、記帳だけ…では仕事の意義も結果に対する喜びも見つけようがなかった。分業による組織改革は、人間心理を全く無視していたのだ。
あまりの混乱ぶりにたまりかねた社長は、ある優秀な社員を資材課の課長に抜擢して対策をさせた。新たな課長はすぐに仕事の分担を変えた。1人1人に材料部品の調達を一貫して行わせた。つまり、1人1人が「発注―推進―記帳」という一連の仕事をするわけだ。今度は1人1人が自らの意思で仕入れ先を決め、自ら推進(部品を収集)し、自ら記帳するようにした。
その結果、今までの混乱はアッという間に解消してしまった。在庫は大幅に減少し、欠品はほとんどゼロになった。1人1人は自らの仕事に意義を見出し、仕事に張り合いが生まれたのだ。
仕事とは様々な作業の「流れ」である
仕事というものは、たくさんの異種作業による1つの「流れ」なのだ。この流れを円滑にするのは、その作業を分割することではない。それをやると、人と人との間に問題が起こってうまく流れないのだ(コミュニケーションコストも上がってしまう) 仕事の分担は必要だが、それを1つ1つの”作業”にまで細分化してしまうと、それは行き過ぎだ。
仕事を上手く行うためには、細分化できない最小単位がある。今回のケースで言えば「発注―推進―記帳」という3つの一連の作業がこれにあたる。それ以上の細分化は、仕事のコントロールが不可能になってしまう。同時にスタッフは、自らの仕事に意義を見つけ出せず、やりがいがなくなってしまう。これは明らかに人間心理を無視した愚かな決定だ。
「分業すれば解決する」という幻想
大して考えもせずに挙がる「分業すべきだ」という声は、仕事や経営の実態を知らず、人間性の洞察もしておらず、現場を見たこともない人たちが頭の中だけで考えた机上の空論かもしれない。仕事が円滑に流れるようにするコツは、部門や個人の業務を決めることではなく、部門や個人に関係なく「仕事」そのもののやり方を見直すことではないだろうか。
誰かに聞いてかじっただけの組織論を、何も考えずに自社に当てはめる…それはリーダーの取るべき行動ではない。もっと言えば、その施策が会社都合のものではなく「お客さんのためになるのか?」という視点を忘れてはならないと思う。市場の変化は私たちを待ってはくれない。今週も、お客様のことを忘れずに仕事をしていこう。
追伸:
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